「土用の丑の日にはうなぎ」——夏になると毎年耳にする言葉です。けれど、そもそも「土用」とは何の期間で、なぜこの時期に身体をいたわるとよいのか、ご存じでしょうか。東洋医学から見ると、土用は「脾胃(ひい)」、つまり消化を担う身体の働きが主役になる、季節の変わり目です。足立区梅島・はりきゅうはれ梅島院から、夏の土用の身体観と、夏バテの時期に脾胃をいたわる養生を、季節のコラムとしてお伝えします。
2026年の夏の土用は7月20日から8月6日まで、土用の丑の日は7月26日です。梅雨が明け、本格的な暑さがやってくるこの時期は、夏バテや食欲不振が出やすいころでもあります。
土用の丑の日って、そもそも何の日?
夏の土用の丑の日にうなぎを食べる風習は、江戸時代に広まったとされます。夏に売れないうなぎを売るため、発明家の平賀源内が「本日、土用の丑の日」と店先に掲げさせたのがきっかけ、という説が有名です(諸説あり、確定した史実ではありません)。「丑の日には『う』のつくものを食べると身体によい」とも言われ、うどん・梅干し・瓜なども親しまれてきました。
そもそも「土用」は、うなぎのための日ではありません。暦のうえでは、立春・立夏・立秋・立冬という季節の変わり目それぞれの直前、およそ18日間が「土用」にあたります。つまり土用は一年に四回あり、夏の土用は立秋の直前にめぐってくる期間を指します。私たちが「土用」と聞いて思い浮かべる、あの蒸し暑い時期です。
季節の変わり目と五行の「土」── 脾の時期
なぜ「土」の「用」と書くのでしょうか。東洋医学の土台となる五行思想では、自然界を木・火・土・金・水の五つの性質で捉えます。春は木、夏は火、秋は金、冬は水——と季節が割り当てられますが、残った「土」は、どこか一つの季節ではなく、季節と季節をつなぐ変わり目に配されました。「土が旺んになって働く(土旺用事)」から、土用と呼ばれるようになったのです。
この「土」は、東洋医学では五臓の「脾」、六腑の「胃」に対応します。さらに、味は甘、色は黄、身体では肌肉(筋肉や肉づき)と結びつきます。脾胃は、飲食物から栄養と水分(水穀の精微)を取り出し、気血のもととして全身に巡らせる「運化」を担う、いわば身体のエネルギー源です。季節の変わり目に体調を崩しやすいのは、次の季節へ移る身体の切り替えに、この脾胃の働きが要るから、と東洋医学は考えます。土用は、その脾胃が主役になる時期なのです。
そして脾には、ひとつ弱点があります。「脾は燥を喜び、湿を悪む」——じめじめした湿気が苦手なのです。高温多湿の時期や、冷たい飲食で身体に「湿」がたまると、脾の運化が妨げられ、重だるさや食欲不振が出てきます。梅雨どきの湿と脾の関係は梅雨と東洋医学で詳しく扱いましたが、夏の土用は、梅雨明け後も残る湿と暑さ、そして冷たい飲食が重なって、脾胃にいっそう負担がかかる時期にあたります。
夏バテは脾の弱り ── 暑さ・湿・冷えの三つの負担
夏の土用に脾胃が弱るのには、三つの負担が重なっています。
ひとつめは、暑さと汗です。東洋医学では、暑さ(暑邪)は気と潤い(津液)を消耗させると考えます。大量の汗とともにエネルギーである気も漏れ出て、だるさ、口の渇き、息切れといった消耗が現れます。ふたつめは、湿です。高温多湿や冷たい飲食でたまった湿が脾の運化を妨げ、身体の重さ、むくみ、食欲不振、軟便を招きます。みっつめは、冷えです。冷たい飲み物やアイス、冷房で脾胃そのものが冷えると、お腹の痛みや下痢、食欲の低下につながります。
この三つが重なった状態が、いわゆる「夏バテ」です。現代医学でも、夏バテは高温多湿と冷房の温度差で自律神経のバランスが崩れ、消化を担う働きが落ちて食欲不振や倦怠感が出る、と説明されます。これは東洋医学でいう「脾の運化の弱り」を、別の言葉で語っているとも言えます。夏のだるさや不調が気になる方は、梅雨のだるさと鍼灸や自律神経の乱れと鍼灸もあわせてご覧ください。胃もたれや食欲不振が続く方は機能性ディスペプシアと鍼灸、むくみが気になる方は足のむくみと鍼灸、疲れが抜けない方は寝ても疲れがとれない慢性疲労と鍼灸が、それぞれ脾胃の視点とつながります。夏は心が盛んになる季節でもあり、その流れは夏は心の季節で扱っています。
甘いものと脾 ── 土用の食養生
土用の食養生の手がかりになるのが、脾に配される「甘味」です。米やかぼちゃ、さつまいも、とうもろこし、豆、なつめといった自然な甘味は、脾を養うとされてきました。土用の丑の日のうなぎも、夏に消耗した身体を養う食養生のひとつとして根づいたものです。
ただ、ここには大切な但し書きがあります。脾を養うのは、あくまで穀物やいもの自然な甘味です。砂糖たっぷりの菓子や、冷たい甘い飲み物、アイスのとりすぎは、かえって脾に負担をかけ、湿を生んでしまうと考えます。「うなぎさえ食べれば夏は乗りきれる」のではなく、冷たいものに偏らず、温かく消化のよいものをよく噛んで食べる——その積み重ねが脾胃を助けます。暑い日でも一品は温かい汁物を添える、汗をかいたら着替える、冷房や除湿でお腹や足元を冷やしすぎない。こうした暮らしの工夫が、土用の養生の土台になります。
鍼灸とお灸でできること
夏バテや土用の不調に対して、まず基本となるのは、食事・睡眠・冷え対策といった日々の養生です。鍼灸やお灸は、そこに並行する補助ケアとして、季節の変わり目に脾胃の働きを支え、暑さ・湿・冷えで消耗した気血の巡りを整え、身体が次の季節へ切り替わりやすい状態をつくることを助けます。「夏バテが治る」という性質のものではなく、脾胃や自律神経の調整に関わる鍼灸の働きが研究で検討されている、という位置づけです。
脾胃を養う代表的な経穴として、次のようなものがよく知られています。
- 足三里(あしさんり/胃経):膝の外側の下、指四本分。脾胃を補い、疲労や夏バテに幅広く用いられる代表穴で、お灸との相性がよいことで知られます。
- 中脘(ちゅうかん/任脈):みぞおちとおへその中間。胃の働きを整える中心の経穴で、食欲不振やもたれに。
- 三陰交(さんいんこう/脾経):内くるぶしの上、指四本分。脾の運化と水分代謝を支え、むくみや重だるさに。
とりわけお灸は、脾胃をやさしく温め養うのに向いています。昔から、土用は身体を整える節目とされてきました。これは、脉診流経絡治療が大切にする「未病を治す」——不調がはっきり現れる前に身体を整える、という考え方とも重なります。実際には「夏バテだからこのツボ」と決めるのではなく、脉やお腹の状態、汗、むくみ、食欲、だるさの質まで合わせて、その方の脾胃がどう弱っているのかを読みながら組み立てていきます。
土用は、夏の疲れをいったん受けとめ、秋へ向けて身体を整え直す時期です。「夏だから仕方ない」と不調を持ち越す前に、脾胃をいたわるひと手間をかけてみてください。ご相談・ご予約は、足立区梅島・梅島駅より徒歩7分のはりきゅうはれ梅島院まで、LINEまたはお電話でお気軽にどうぞ。