月経前になると、なぜか涙もろくなる。ささいなことでイライラして、家族にあたってしまう。身体は重だるく、胸が張り、頭が痛い。そして生理が来ると、嘘のように落ち着く——。毎月のこの波に、「生理前の自分が嫌になる」と感じている方は少なくありません。

こうした月経前のこころとからだの揺れは、PMS(月経前症候群)と呼ばれます。日本産科婦人科学会によれば、日本人女性の70〜80%が月経前に何らかの不調を自覚しているとされ、決して特別なことではありません。この記事では、足立区梅島・はりきゅうはれ梅島院から、PMSを東洋医学がどう読むのか、そして鍼灸でできることをお伝えします。東洋医学は、月経前の不調を「肝(かん)」という臓の働きを中心に読み解いていきます。

PMSとPMDD

月経前の不調の多くは、月経が来ると軽くなっていきます。ただ、抑うつや焦燥が特に強く、仕事や生活に重大な支障をきたすものは、PMDD(月経前不快気分障害)と呼ばれ、精神科・心療内科の領域です。強い落ち込みや、自分を傷つけたい気持ちがあるときは、東洋医学だけで抱え込まず、早めに医療機関へご相談ください。鍼灸は、そうした標準治療を否定するものではなく、主治医の治療と並行する補助ケアとして選んでいただけます。

東洋医学は、月経前の不調を「肝」を中心に読む

東洋医学でPMSを読むとき、中心軸になるのが「肝」です。ここでいう肝は、西洋医学の肝臓とは異なり、もっと広い働きのまとまりを指します。

肝の最も大切な働きが「疏泄(そせつ)」です。これは、気を身体の上下左右にのびやかに巡らせる働きのこと。そして東洋医学では、感情の流れ(情志)もこの肝の疏泄が司ると考えます。気持ちがのびやかに動くのも、滞ってこわばるのも、肝の働き次第というわけです。

もう一つ、肝には「血を蔵す」働きがあります。血を貯蔵し、必要に応じて全身に巡らせる。月経の血も、この肝に深く関わっています。

月経前は、肝が蓄えた血を月経に向けて動員していく時期。このとき肝の働きが乱れると、気の流れが滞り、血の動きもうまくいかなくなって、心身のさまざまな不調が表面に出てきます。月経周期全体の養生については月経と上手に付き合う養生のコラムで扱っていますが、この記事はそのなかでも「黄体後期から月経直前」という、PMSが集中して出やすい時期にズームインしています。

肝鬱気滞 — イライラ・抑うつ・乳房の張り

PMSの代表的な訴えは、東洋医学では「肝鬱気滞(かんうつきたい)」という状態で説明されることが多くあります。肝の疏泄が滞り、気がのびやかに流れなくなった状態です。

気が滞ると、胸や脇が張ったように感じ、ため息が増えます。気持ちは晴れず、抑うつ的になったり、逆に些細なことで怒りっぽくなったりします。乳房の張りや痛み、頭痛も、この気の滞りとして読めます。古典『黄帝内経』には「怒は肝を傷る」とあり、感情の動きと肝の働きが互いに響き合うことは、古くから整理されてきました。

この気の滞りがさらに進むと、いくつかの方向に展開します。気の滞りが熱を帯びると(肝鬱化火)、のぼせ、強い頭痛、目の充血、口の苦さ、寝つけなさが出ます。気の滞りが血の流れの滞りを呼ぶと(気滞血瘀)、月経痛や月経血の塊、下腹部痛が加わります。生理痛が重なる方は、生理痛と鍼灸の記事もあわせてご覧ください。

肝だけでない — 脾・腎、そして衝任脈

PMSの揺れは、肝だけで説明しきれないこともあります。婦人科で重要とされるのは「肝・脾・腎」の三つの臓です。

慢性的な疲労、食後の眠気、むくみ、下痢が目立つ場合は、消化と水分代謝を担う「脾」の弱り(脾虚)が背景にあります。むくみや重だるさが強い方は、脾と湿を扱った梅雨と東洋医学のコラムの視点も重なります。一方、寝汗・ほてり・腰膝のだるさが目立ち、40代後半で更年期に近づいている場合は、「腎」の潤いの不足(腎陰虚)を読みます。冷えや寒がりが強ければ、腎の温める力の不足(腎陽虚)です。更年期と重なる時期の不調は、更年期と鍼灸の記事も参考になります。

さらに、月経に深く関わる経脈として「衝任脈(しょうにんみゃく)」があります。衝脈は「血海」とも呼ばれ月経の血の動員に関わり、任脈は身体前面の正中を巡って妊娠とも結びつきます。この衝任脈の調和が崩れると、月経周期の乱れやPMSの不調が出やすくなります。鍼灸で関元や気海といった下腹部の経穴が選ばれるのは、この衝任脈との関わりからです。

鍼灸でできること

鍼灸がPMSに対してできるのは、症状を直接打ち消すことではなく、月経前に揺らぎやすい気・血・津液の流れと、肝・脾・腎の関係を整え、身体が自分のリズムを取り戻しやすい条件をつくることです。

PMSに対する鍼灸の臨床研究は、複数のメタ解析が報告されています。介入時期の異なる試験をまとめた2018年のメタ解析では、鍼灸が対照群と比べて症状の改善を示したと報告され、頻用される経穴として三陰交・太衝・関元が挙げられています。ただし、これらの研究には方法論上の限界(サンプルサイズや盲検化の不十分さ)もあり、確実性は限定的とされています。万人に同じ結果を約束するものではありませんが、月経前の身体の揺れを「証」の一部として読み、気血のバランスを整えていくのが鍼灸の関わり方です。

月経前の不眠が気になる方は不眠と鍼灸の記事、自律神経の揺らぎが背景にある方は自律神経の乱れの記事もあわせて参考になります。

状態にあわせて選ばれる経穴

PMSの見立てから、よく用いられる代表的な経穴を紹介します。

  • 太衝(たいしょう/肝経):足の甲、親指と人差し指の骨が交わる手前。肝の気の滞りをめぐらせる代表穴で、イライラ・頭痛・月経の乱れに。
  • 三陰交(さんいんこう/脾経):内くるぶしの上、指4本分。肝・脾・腎の三経が交わる、婦人科の要穴。
  • 関元(かんげん/任脈):おへその下、指4本分。任脈の核穴で、下焦の元気と月経・腎の働きを支える。
  • 期門(きもん/肝経):乳頭の真下、肋骨の下のあたり。肝の募穴で、胸脇の張りや乳房の張りに。
  • 血海(けっかい/脾経):膝の内側上方、指3本分。その名のとおり血のめぐりに関わり、月経の不調に。

太衝・三陰交・関元は、研究でも頻用される三本柱ですが、「PMSにはこのツボ」と決まっているわけではありません。実際には、その方の脉、お腹、冷えの分布、汗、睡眠、便通、月経の量や色、ストレスのかかり方などを合わせて、患者さんお一人おひとりに合わせて経穴を組み立てていきます。

月経周期と上手に付き合うために

PMSと付き合っていくうえで、まず役立つのが月経周期を記録することです。月経開始日、症状が出た日、症状の種類と程度をメモしておくと、自分の波が見えてきます。アプリを使うと続けやすく、2周期以上記録すると、不調が月経周期と連動しているかがわかります。

食事では、黄体期はカフェイン・アルコール、糖質の急な摂りすぎが気分の揺れを強めることがあります。東洋医学では、香りのあるもの(柑橘、しそ、セロリ、ミントなど)が肝の気の巡りを助けるとされます。運動は、ウォーキングやヨガなど軽めのものを規則的に。睡眠は、黄体期に質が下がりやすいので、起床時刻を大きく崩さないことが土台になります。

そして何より、月経前の自分を「弱い自分」「ダメな自分」と責めないこと。月経前の身体の変化が、感情にも影響しているのだと知っておくだけで、少し楽になります。月経前は予定を詰めすぎない、家事を少し手抜きする——周期に合わせて生活を緩める工夫が、何よりのセルフケアです。

一人で抱え込まずに

PMSは、70〜80%の女性が経験する、ごくありふれた身体の波です。けれど「毎月のことだから」と諦めたり、「気のせい」と我慢したりして、一人で抱え込んでしまう方も少なくありません。

足立区梅島のはりきゅうはれ梅島院では、その方の脉、お腹、冷え、睡眠、月経の量や色、ストレスのかかり方などを丁寧にうかがいながら、脉診流経絡治療の文脈で身体を読んでいきます。肝鬱気滞・脾虚・腎の不足——どの要素がどの程度重なっているかは人によって違うため、組み立ても変わります。

女性の身体は、7年ごとの大きな周期と、毎月の小さな周期の中にあります。その月の波の、月経前というひとつの局面がPMSです。毎月つらい、けれど婦人科では大きな問題はないと言われた——そんなときは、東洋医学の身体観で自分の周期を読み直す入口として、鍼灸という選択肢があります。

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