朝、なんとなく身体が重い。日中も手足が冷たく、エアコンや冷房が辛い。体温計で測ってみたら35度台で、「もしかして低体温?」と気になった──そんな経験はありませんでしょうか。
「冷え性」という言葉は耳慣れていても、「低体温」となると少し違和感を覚えるかもしれません。実はこの2つはよく似ているようで、身体の状態としては別のものです。冷え性は手足など局所の冷えを感じる状態で、深部体温は正常なことが多いのに対し、低体温は身体の中心の体温そのものが低くなっている状態です。
特に20〜40代の女性で「平熱が35度台」「生理不順がある」「疲れやすい」という方は、低体温が背景にある可能性があります。今回は、低体温と冷え性の違い、現代人に低体温が増えている理由、そして東洋医学から見た低体温の本質と鍼灸でのアプローチについて記しました。
低体温と冷え性は違うもの
「冷え性なんですね」と言われて鍼灸院を訪れる方の中には、実は冷え性ではなく低体温の方が含まれています。両者は重なる部分もありますが、根本的な違いがあります。
冷え性は、深部体温は36度台と正常でも、手足やお腹、腰などの局所が冷えていると感じる状態です。身体が末端の血流を絞って中心の温度を守ろうとする、いわば防御反応の側面もあります。冷えを「感じる」ことが症状の中心です。
一方、低体温は身体の中心部の温度そのものが低い状態を指します。一般的には平熱が36度未満、特に35度台が続く状態が目安です。冷え性と違い、本人は「冷えている」という自覚がないこともあります。「私は冷え性じゃない」と思っている方が、実は低体温だったということも珍しくありません。
冷え性が「感覚の問題」だとすれば、低体温は「身体の機能そのものが落ちている問題」と言えます。
現代人の体温は60年前より下がっている
意外と知られていないのが、現代人の平均体温は数十年前より明らかに低くなっているという事実です。
約60年前の日本人の平均体温は約36.89度。それが現在では36.2〜36.3度ほどに下がっています。0.5〜0.7度というと小さく感じるかもしれませんが、身体にとっては大きな差です。体温が1度下がると、免疫力は約30%、代謝は約12%低下するとも言われ、健康全般に影響します。
なぜ現代人の体温は下がっているのでしょうか。主な背景は以下のようなものです。
- 運動不足による筋肉量の低下(筋肉は熱を生み出す最大の器官)
- 冷暖房の普及で体温調節機能が鈍化
- 冷たい飲食物を一年中口にする習慣
- 不規則な食事や朝食抜きによる熱産生の不足
- 締め付ける衣服や肌の露出による血流低下
- 慢性的なストレスによる自律神経の乱れ
特に20〜40代の女性は、ダイエットによる栄養不足や筋肉量の低下、ホルモンバランスの揺らぎが重なりやすく、低体温になりやすい世代といえます。
低体温が引き起こす不調
低体温が続くと、身体のあらゆる機能が静かに低下していきます。
免疫力の低下で風邪をひきやすくなる。代謝の低下で太りやすく、むくみやすくなる。消化機能の低下で食欲不振や下痢・便秘が出る。集中力や思考力も落ちて、なんとなく頭がぼーっとする。疲れやすさが抜けない。
そして女性にとって特に重要なのが、月経への影響です。
低体温の方の基礎体温グラフを見ると、低温期が35度台で、高温期に入っても36度台前半までしか上がらないというパターンが少なくありません。本来であれば排卵後の高温期は36.7度以上に上がるべきところが上がりきらない。これは排卵がうまく行われていなかったり、卵巣の機能が落ちていたりする可能性を示唆します。
月経不順、PMSの悪化、生理痛、不妊といった婦人科系のお悩みは、低体温と深く関わっています。「冷えは万病のもと」と昔から言われますが、子宮や卵巣は特に温かさを必要とする臓器であり、深部体温の低さは女性特有の不調に直結しやすいのです。
東洋医学から見た低体温──「陽気」の不足
東洋医学では、身体には陽気(ようき)と陰気(いんき)の2つの力があり、両者のバランスで成り立つとされます。陽気は身体を温め・動かし・活動させる力。陰気は冷やし・潤し・休ませる力です。健康な身体ではこの2つが釣り合っています。
低体温という状態は、東洋医学的に見ると陽気が全体的に不足している状態です。冷え性が「陽気はあるけれど末端まで届いていない」状態だとすれば、低体温は陽気そのものが少なくなっている状態。より根本的・全身的な問題と言えます。
陽気の不足には、特に2つの臓の働きが深く関わっています。
腎──身体を温める根本の火
東洋医学における「腎」は、現代医学の腎臓とは異なり、生命エネルギーの源を意味します。その腎には、身体全体を温める根本の火があるとされます。古典ではこの火を「命門の火(めいもんのひ)」と呼びます。
この火が十分に働いていれば、身体の中心から末端まで温かさが届きます。ところが先天的な体質、過労、慢性的な疲労、加齢によって腎の火が弱ると、全身の温める力が落ちて低体温の状態になります。
脾──熱を生み出す力
「脾」は、東洋医学では消化吸収を担う臓です。食べたものから気血と熱を生み出す、いわば身体の「熱の生産工場」のような役割を持っています。
冷たい飲食物や甘いものを摂りすぎたり、不規則な食事を続けたりすると、脾が冷えて働きが弱ります。すると食べても十分な熱が生まれず、低体温の状態が続きます。お腹が冷たい、食欲がない、下痢しやすいといった症状を伴う方は、脾の働きが弱っていることが多くあります。
重なり合う2つの臓
腎の火が弱れば脾も冷え、脾が弱れば気血が作られず腎も養えなくなる──腎と脾は互いに支え合っており、低体温の方ではこの2つが同時に弱っていることがほとんどです。だからこそ、身体全体の温める力を底上げする治療が必要になります。
鍼灸が低体温に働きかける──特にお灸の力
低体温に対する鍼灸の最大の特徴は、お灸(きゅう)の温熱作用にあります。
お灸はもぐさを燃やして経穴に温熱刺激を与える治療法で、その温かさは皮膚表面だけでなく深部までじんわりと届きます。一時的に身体を温めるカイロや湯たんぽとは違い、身体の温める力そのものを底上げする働きがあります。陽気が不足している低体温の状態には、まさに必要な刺激と言えます。
鍼の役割も大切です。鍼は自律神経のバランスを整え、内臓の働きを高め、気血の流れを取り戻すことで、お灸の効果が身体全体に行き渡るよう下地を整えます。お灸が「温める」ものだとすれば、鍼は「巡らせる」もの。低体温の治療では、両者を組み合わせることでより深く身体に働きかけられます。
用いる代表的な経穴
- 関元(かんげん):おへそから指4本分下。下腹部を温め、身体全体の陽気を補う最重要の養生穴
- 気海(きかい):おへそから指2本分下。気を補い、下半身を温める
- 腎兪(じんゆ):腰の、おへその高さの背骨から指2本分外側。腎の気を補う
- 命門(めいもん):腰の、おへその真後ろの背骨の中央。身体を温める根本の火を補う
- 足三里(あしさんり):膝下の外側。脾の働きを助け、気血を生み出す力を高める
- 三陰交(さんいんこう):内くるぶしの上。腎・脾・肝を整え、婦人科系のお悩みにも
特に関元・気海といった下腹部の経穴は、お灸でじっくり温めることで身体の芯から温かさが広がっていきます。これらは古来より養生の中心穴として用いられてきた経穴で、ご自身でも手が届きやすい場所にあるため、自宅でのセルフ灸にも取り入れやすい経穴です。一方、腎兪や命門といった背部の経穴は手が届きにくくお一人ではお灸を据えづらい場所ですので、院での治療の中で温めていきます。
低体温と鍼灸でできること
はりきゅうはれ梅島院では、脉診流経絡治療に基づいて、低体温の背景にある身体の状態を見極めたうえで、鍼とお灸を組み合わせて治療を行っています。腎の火がどの程度弱っているのか、脾の働きがどう乱れているのか──脉を通して身体の声を聞き、その時の状態に合わせて経穴を選びます。
「身体を温める」のではなく、身体が自分で温まる力を取り戻すことが治療の目標です。即効性のあるものではなく、根気よく続けることで体温が少しずつ上がってくる、という変化を目指します。
平熱が35度台で疲れやすい、生理不順や生理痛が気になる、何をしても身体が温まらない、検査では異常なしと言われたけれど不調が続いている──そうしたお悩みをお持ちの20〜40代の女性に、低体温と鍼灸について記しました。冷え性とは違う「身体の中心からの冷え」に向き合う一つの選択肢として、お考えいただけたらと思います。